子ども期のトラウマと
複雑性PTSD
当事者が考える回復へのプロセス
複雑性PTSDからの回復

"複雑性PTSDは病気ではない" と考えてみる
"病気"と捉えることのデメリット
複雑性PTSDは、国際的な診断基準であるICD-11にも載っており、診断名として認められた精神疾患のひとつです。
でも私自身は、「自分は病人である」とは思っていませんし、その方が回復しやすいのではないかと考えています。
複雑性PTSDの人は、脳の特定の部分(前頭前野、扁桃体、海馬)に変化があることが知られています(Nakazawa 2015)。
これは医学的には重要な所見で、"病気"である根拠にもなりますが、今のところ手術や薬で治るものではありません。
当事者が「自分の病気は治らない」と考えてしまうと、回復を諦めてしまう可能性もあります。
事実、過去に私自身も、自暴自棄になって症状が悪化した時期がありました。
当事者が、複雑性PTSDは病気だと捉えることには、なんのメリットもありません。
回復に必要なこと
複雑性PTSDからの回復には、一般的な"治療"とは別のアプローチも重要だと考えています。
具体的には、次の3つです。
- 複雑性PTSDの根本原因を理解すること
- 回復のイメージを変えること
- 心の成長を再開すること
具体的な内容を以下に示します。
複雑性PTSDの根本原因は「心の未発達」
複雑性PTSDの原因は、ACEs(不適切な養育)を受けたことによる「心の未発達」です(症状と原因のページの内容もご参照ください)。
体は成長しても、心の発達は子どもの時点で止まっています。
心の発達には3つの段階があるとされています(高橋 2022)。
- 乳幼児期に発達する「甘える・頼れる心」
- 学童期に発達する「人と対等に認め合える心」
- 成人期に発達する「下の者を大切にできる心」
乳幼児期に親との愛着がうまくいかないと、最初の「甘える・頼れる心」が未熟なままになります。
結果として、他の段階の心も発達しません。この状態で成人になると、対人恐怖やトラウマを蓄積しやすくなります。
複雑性PTSDからの根本的な回復には、止まっていた心の発達を再開させることが必要です。
一定期間であれば、服薬や過剰適応(苦手を克服しようと能力の限界を超えた状態)で乗り切れますが、後で絶対に破綻します。
回復に対するイメージの再考
複雑性PTSDからの回復は、一般的な病気の回復とは異なります。
私は当初、複雑性PTSDの症状が完全に消えて普通の生活ができることを期待していました。
しかし、カウンセリングや服薬を何ヶ月も続けても、症状は消えませんでした。
そんな中、ボストン大学のアンソニー教授による論文に出会い、私の考えが変わりました。
アンソニー教授は「回復とは症状が消えることではなく、自分の生き方や価値観を変えるプロセスである」と述べています(Anthony 1993)。
この言葉に出会って、私は自分の存在を肯定し、生きることに希望を見出せるようになりました。
調子がいい日があれば悪い日もあり…心身の状態は、波のように揺らいでいます。
その波を小さくしたり、うまく波に乗れるように工夫していくことが、回復への道のりになります。
心の発達の再開
複雑性PTSDの根本原因は、ACEsによる「心の未発達」です。
回復するには、止まっていた心の発達を再開させることが必要です。
まずは、乳幼児期に育まれるはずだった「甘える・頼れる心」を育て直すことからスタートします。
カウンセリングや支援グループなどのサポートを得ながら、またはセルフケアで心の発達を促すことができます。
複雑性PTSDの治療法には多様なアプローチがありますが、どんな治療を受けるにしても、最も大切なのは「自分自身を理解し、心の成長を再開させる」という意思をもつことです。
「早く良くなりたい」という気持ち
早く回復したいと願うのは当然の気持ちです。私もそう願っています。
ただ、自分を焦らせるのは、自分に対する虐待だと考えましょう。
心の発達は、ゆるやかに進みます。
子どもの成長を考えてみてください。心の整理の仕方を教えたからといって、即座にできるようになるはずがありません(教えること自体も困難ですが)。その子どもに「早く心を整理できるようになりなさい」と何度も迫るのは、虐待に値する行為です。心の傷にもなり得ます。
大人であっても同じです。子どもの頃よりは、心の持ちようを体系的に学ぶことはできるかもしれませんが、頭で理解したからといって、心の発達が進むわけではありません。
毎日の出来事と向き合うことでしか心は発達しません。ですから、残念ながら時間がかかります。
「回復を急いで自分を追い込むことは虐待に値する行為で、新たな心の傷を増やすことにもなりかねない」と肝に銘じましょう。
私たちに必要なのは心の傷を癒すことであり、傷を増やすことはありません。
お互いに焦らずに、じっくり取り組んでいきましょう。
セルフケアとサポート
複雑性PTSDのセルフケアには、以下のような方法があります。
自分ができそうなものを、無理のない範囲で取り組み続けることが大切です。
1. 自分への理解
トラウマについて学ぶ
複雑性PTSDや子ども期の逆境体験に関する本や資料を読むことで、自分の状態を理解します。
正直に言えば、私はこれが苦痛で仕方なく、何度も中断しながら少しずつ進めていきました。
「なんで自分がこんな目に遭わないといけなんだ」という感情が、どうしても湧き出てきてしまうのです。
ある程度理解できるようになるまで、1年近くかかったでしょうか。今でも少しずつ理解を深めるようにしています。
ふと気が向いたときに、本などを読んで理解を深めてみる、苦痛になったら距離を置いてみる、という感じで、少しずつ進めるのが良いと思います。
ジャーナリング
日々の心の動きを簡単に記録しておくと、自分の気持ちや感情、考えを理解する手助けになります。
通院時の相談内容や、カウンセリング時の心の動き、フラッシュバックを起こした時の体調や時間帯、トリガーとなった出来事を、覚えている範囲で書いておくと有用です。
きちんと文章にするのは大変ですから、メモや箇条書きでいいかと思います。
たまに見返すことで、フラッシュバックを起こしやすい状況や時間帯、体の不調を感じる時の状況など、自分の症状を理解する手がかりが得られます。
自分の症状を理解できれば、対策方法を考えることができます。
2. 感情のコントロール
これは本当に難しく、万能な方法は残念ながらなさそうです。
試行錯誤しながら、自分に合った方法を見つけていきましょう。良い方法を編み出した方、ぜひ教えてください!
深呼吸
ありきたりな方法ではありますが、ネガティブ思考をシャットアウトするのに大いに役立っています。
フラッシュバックを起こしそうな時に、一度その場を離れて深呼吸をすると、感情の爆発を防げることがあります。
フラッシュバック対処法
フラッシュバックは、起きてしまった後に鎮めることが非常に難しいです。
まず、フラッシュバックが起こりやすい状況や時間帯をジャーナリングで把握して、それを避けることを基本にするのが効果的だと思います。
3. 理解してくれる人を増やす
信頼できる人と話す
信頼できる人(友人、医師、カウンセラーなど)に、自分の置かれている状況や感情を吐露することで、気持ちはだいぶ変わります。
最初はハードルが高いと思います。私自身も、意識的あるいは無意識レベルで自分のことを話すのを避けていました。
ただ、一度初めてしまうと、思ったよりも苦痛ではなくなります。
もちろん、それぞれの事情でどうしても話したくないこともあるでしょうから、初めから無理して自己開示する必要はありません。
無理なく、少しずつ心を開いていけたらいいですね。
直接、誰かに話すのは難しいときは、当ウェブページのお問い合わせをご活用ください。仮名で自分の状況をメールを書いて送るだけでも、心のあり方は大きく変わります。
サポートグループ
複雑性PTSDのサポートグループに参加して、同じ経験を持つ人たちと情報や感情を共有します。
同じ体験をしている人の存在を実感するだけでも、孤独感を抑えるのに役立ちます。
一方で、グループへの参加が苦痛になって、途中で行かなくなってしまうケースもあるようです。
気が向いたら参加してみるし、嫌なら参加しないというように、自分の気持ちに合わせて対応すればいいと思います。
自分を大事にしましょう。無理して頑張って続けても、結局は長続きしません。
4. 健康的な生活習慣
いわゆる「健康的な生活」は、当事者にとってはほとんど不可能だと思います。
私の場合は、悪夢で寝られないことが発端になり、朝は起きられず、日中は強い眠気に襲われるので、それだけで「ふつうの生活」を送ることは難しくなります。
これに加えてトラウマのフラッシュバックがあるわけですから、こんなボロボロの状態で運動をするとか、健康的な食生活を実践するとか、きちんと寝たほうがいいとか言われても、「そんなのできるかー!」と思います。
しかし、ここでは敢えて「健康的な生活習慣」という項目を入れました。
全てを実践することは無理でも、運動だけ、食事だけ、睡眠だけ…というように、その日にできそうなことを一つだけでも取り入れられたら、それで十分だと思うからです。
いわゆる健康的な生活は実現できなくても、その日の症状に合わせた健康的な生活ができれば、それでいいのではないでしょうか。
適度な運動
なかなか体を動かす気にはなれないかもしれませんが、適度な運動は気分を変えるのに効果的です。
私は日によって外出が怖くなる日があるので、トレッドミル(安物)を購入し、気が向いた日に30分間歩くようにしています。
トレッドミルを購入する前は、その場で足踏みするように歩いたり走ったり(?)していました。
いずれの方法でも、部屋にいながら軽い運動ができます。
外出が怖い場合は、外出しなくても運動できる方法を考えるなど、理想的な形ではなくても、今の自分にできることを工夫して増やしてくといいと思います。
軽い運動をしながら、体温上昇や発汗の感覚、脈や呼吸が早くなる感覚など、体の状態の変化を感じ取ってみましょう。
私は、自分の感情や感覚を感じ取ることが苦手だったので、そのための練習にもなりました。
食事を大切にする
食事は心の状態に大きく影響することが報告されています(Albright 2023)。
栄養バランスの取れた食事が大事なのかもしれませんが、何よりもまず過度の空腹を絶対に避けることです。
空腹は間違いなく症状を悪化させます。
特に、水分不足は大敵です。理由は分かりませんが、水分不足だとフラッシュバックが起きやすい気がします。なので私は、食欲が無い時であっても、定期的に少量ずつ、水だけは欠かさずに飲むようにしています。
十分な睡眠
寝不足は確実に症状を悪化させます。
そうは言っても、なかなか寝付けなかったり、悪夢で何度も目が覚めたりするので、実際は十分な睡眠をとるのは難しいです。
せめて体と頭を休めることを意識して、布団の中ではスマホなどをいじらないように静かに過ごしましょう。
5. 自己肯定感を高める
なにかに夢中になる
自分の好きな趣味に没頭したり、活動に参加することで、一時的にトラウマ記憶を封印できるかもしれません。
夢中になれることが一つでもあると、大きな救いになります。夢中になっているときは、トラウマが蘇ることはほとんどありません。
ネット動画を見る、家庭菜園をする、なんでもいいと思います。
ただ、ダラダラと受け身で続けるのはおすすめしません。自分から積極的に夢中になれるものがいいと思います。
自分の行動を認めてあげる
趣味や活動を通じて、自分の努力や成長を認めることが大切です。
「誰も認めてくれない」と悲観的になる必要はありません。たとえ周囲の人が認めてくれなくても、自分が納得していることの方が重要です。
「好きなことに没頭できた」というだけで大きな成果です。そもそも集中して何かを続けることは、私たち当事者にとっては難しいことなのですから。
自分の思いや気持ちに正直になって、やってみましょう。
6. 専門家のサポート
カウンセリングやセラピー
心理カウンセラーやセラピストのサポートを受けることで、専門的な助言や治療を受けられるかもしれません。
大事なのは、カウンセラーやセラピストは私たちを治してくれるわけではない、という意識をもつことです。
回復に向けて一緒に伴走してくれる頼もしい存在ですが、あくまで回復に向けて走るのは自分自身であることを忘れないでください。
薬物療法
必要に応じて、医師の指導のもとで適切な薬物療法を受けます。
対処療法ではありますが、睡眠の質の向上や、フラッシュバックを軽減できる可能性があります。
私の場合、効果を実感できたのは、β遮断薬と漢方薬です。
β遮断薬は交感神経を抑制するもので、空腹時にフラッシュバックすることが多いという私の気づきに対し、医師が提案してくれました。漢方薬は、神田橋医師が考案した「神田橋処方」と呼ばれるもので、桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)と四物湯(シモツトウ)を同時に服用しています。これらの服用により、フラッシュバックの頻度が実感できるレベルで減っています。
7. マインドフルネス
今、この瞬間に集中できるように練習して、不安や過去のトラウマを心から離す時間を持ちます。
最初は不可能に思えても、徐々にできるようになります。
それに、完璧にできるようになる必要もありません。大事なのは、「今は自分の感覚に集中する時間」という意識をもつことです。
私はお線香を活用しています。1本が燃え尽きる様子をじっと見つめつつ、香りに集中して他のことを考えないようにしています。
8. 安全な環境作り
不安を感じたときに、安心して過ごせる場所が決まっていると、気持ちが軽くなります。
もし、自宅で安心できる場所を確保できない場合は、家の外でも大丈夫です。
ショッピングセンターのフードコートでも、公園や駅のベンチでも、自分が安心できれば、特別な場所である必要はありません。
ちなみに、私の場合は、近所のショッピングセンター内の自販機横のベンチです。
まとめ
セルフケアは一人ひとりに合った方法を見つけることが大切です。
無理をせず、できそうなことを少しでも取り入れられれば、それだけで大きな前進です。
なかなか合う方法が見つからなくても、「自分はダメだ」と絶対に思わないでください。
自分を大切にしようと試行錯誤しているプロセスそのものが、心の発達に役立ってることを忘れないでください。
Nakazawa (2015) Childhood Disrupted: How your biography becomes your biology, and how you can heal. 邦題:小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策. 清水由美子(訳). パンローリング(2018)
高橋和巳 (2022) 親は選べないが人生は選べる. ちくま新書 1699, 筑摩書房
Anthony (1993) Recovery from mental illness: The guiding vision of the mental health service system in the 1990s. Psychosocial Rehabilitation Journal 16(4): 11-23
Albright MB (2023) EAT & FLOURISH: How Food Supports Emotional Well-Bring. 邦題:こころを健康にする食事の科学. 大山晶(訳). 原書房(2023)